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by brioso-brioso
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JR福知山線の脱線事故

ちょっと触れたくなくって避けてたりもしたけど、どうやら死者は100人を超えそうだそうです。痛ましいというか、とてもつらい事故です。

当初は置石の可能性とかも指摘されてましたが、午前9時台という時間から推測しても、その可能性はかなり低いとニュース解説で言っていました。私も同感。だったらスピードか?今のところは何も言えませんね。

JR西日本については、初日に何度も会見をするなど、私個人的には、ちゃんと対応をしているので、事故のことは置いといて、いい印象だったんですが、時間がたつにつれ、対応の悪さが露呈されるようになっています。今後は事故の説明を控えたい旨を表明したというのもちらっとネットニュースで読みました。どんどん自分たちが悪いんだということから逃げられなくなったからなんでしょうか?人としてもどうかと思うし、ましてや会社。人の集合体としてやるべきことか。理解しがたいです。

身近にいた人が突然、なんの前触れもなくこの世から消え、決してまた会うことなど叶わなくなる。しかもそれは、なんらかの外因によって。自分ではどうすることもできなかった原因によって。だけど、“もしかしたらあのとき・・・”と、残された人々は思わざるを得ないのです。一方ではいくら言っても逝ってしまった人は帰ってこないことはわかっていても、また一方で、何によっても癒されることのない後悔が付きまとう。このことから抜け出すのに、幾年かかるのか、私にはまだわかりません。そのうちその人のいない生活に慣れてしまいます。その人がいなくなっても、自分は生きていることに慣れてしまいます。しかし、それにふと気付いたとき、その人がいないことを痛感し、慣れてしまっている自分自身が怖くもなります。

遺族の無念さは、今、JRに向けての怒りとなっているとの報道がありました。でもそれも一時のことだと思います。仮にJRの100%の過失が認められ、十分な謝罪されたところで、なんの解決にもならないのです。もう誰の手によっても変えられない、失われた命というものが問題になってしまった以上、遺族の無念さは、いつまでも癒えないものです。


命は大切に。
なんとも使い古された言葉ですが、これは犯罪を犯したときだけに使われるものではない。事故が起きたときに使われるものでもない。命を扱い、命を預かる人たちだけに向けられるものでもない。常日頃、人は人を殺すことも、守ることもできるのです。でも大切なものは守らなくてはいけない。そのことだけが重要なんだと思います。
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by brioso-brioso | 2005-04-27 20:26 | in Japan